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2020/6/12

ログ

・お昼頃、ちょっと眠かったので横になって(座椅子だけど)目を閉じてたら、なぜか15年ほど前に亡くなった母方の祖父のことを思い出した。

祖父はとても穏やかな人で、怒ったり文句を言ったりするのを見たことがなかった。いつも、誰に対しても優しかった。小さい頃、ふざけて髪をぐちゃぐちゃにしたり、メガネにいたずらをしたり、診察室(内科医でした)に遊びに行っても怒られなかった。母によれば、怒ったのを見たのはたった1回、幼かった叔父が野球をしていて、隣家のガラスを割ってしまった(そしてバックレようとした?)ときだけだそうだ。
祖父は亡くなる少し前、痴呆でいろいろなことがわからなくなっていて、それまでの祖父からは考えられないようなこと(大声をあげる)をするようになっていた。変わってしまった祖父の姿を見て驚いて、30分くらいその場に立ち尽くしていたのを覚えている。

今思うと、祖父は自分にとっての「安心できる場所」だったんだと思う。
絶対に怒られないし、否定されないし、無条件で受け入れてくれる場所。心から安心できる場所。自分がありのままでいられる場所。
変わってしまった祖父に驚いて立ち尽くしていたあのとき、どこかで「安心できる場所」がなくなってしまったことに気付いたんだと思う。当時はそんなこと考えもしなかったけど。
そしてそれに気付いた今になって、そのことがとてつもなく悲しく、寂しく思えてきた。

さらに言えば、恐らく祖父は、自分にとって唯一の「いつでも安心して甘えられる」相手だった。両親や祖母など、他の家族は「無条件で」甘えられる存在ではなかった。むしろ、甘えてはいけないと思っていたように思う。
そんな祖父と会う機会は、夏休みや冬休みなどの長期休暇に限られ、当然甘えられる機会は多くなかった。
たぶんここで、発達のやり残しが生まれた。

「甘える」という経験をあまりしてこなかった自分は、今になって、旦那に甘えていたんだなあと気付いた。
旦那に祖父と同じ対応(無条件での受け入れ)を無意識に期待し、それが裏切られて落ち込む。そんなことをずっと繰り返していた。
裏切られるのは当然だ。旦那は祖父ではない。

「安心できる場所」がもうないこと。(恐らく)欠陥欠損タイプの自分にとって、それはとても恐ろしく悲しいことなんだと、メンタルモデルの本を読んでようやく自覚した。
今までにも落ち込んだりしたときに、漠然と「帰りたい」と思うことはあったが、その「帰りたい場所」は祖父のことだったんだろう。そしてその場所は、もうない。帰る場所がない。

昨夜から今日にかけて、そんなことを考えていた。
当時の感情を思い出していたら、当時以上に悲しみや寂しさが押し寄せてきた。
図らずもディープクレンジング。ちゃんとクレンジングできたかはわからない。
この思いの持って行き場もわからない。帰る場所はやっぱりない。安心できる場所も、たぶんない。
でも、自覚できたから、前には進めるはず。ひとまずは本を読み切ることだけ考える。

・泣くと眠くなるのはなぜなのか。
そして今気付いたが、お昼ごはん食べるのを忘れていた。
まあお腹空いてないし、別にいいか……。

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